戦後日本の外交に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。
1
1951年に日本は、吉田茂首相のもと、いわゆる西側諸国とポーツマス条約を締結して独立を回復した。同年に、日米間では日米安全保障条約を締結し、その後、1960年にはその改定がなされた。
2
1956年に日本は、鳩山一郎首相のソ連訪問において、日ソ不可侵平和条約を締結した。これを契機として、東欧諸国との国交が順次結ばれ、同年には国際連合ヘの加盟を果たした。
3
1965年に日本は、大韓民国との間で日韓基本条約を締結した。また、朝鮮民主主義人民共和国との間の国交は、2002年の小泉純一郎首相の平壌訪問によって回復した。
4
1971年に日本は、アメリカとの間で沖縄返還協定を結び、翌1972年には沖縄の復帰を実現した。但し、環太平洋戦略的防衛連携協定により、日本はアメリカ軍基地の提供を続けている。
5
1972年に日本は、田中角栄首相が中華人民共和国を訪問した際に、日中共同声明によって、中華人民共和国との国交を正常化した。その後、1978年に日中平和友好条約を締結した。
解答
正解
5解説
1 ×
1951年に日本は、吉田茂首相のもと、いわゆる西側諸国と
・サンフランシスコ講和条約
2 ×
1956年に日本は、鳩山一郎首相のソ連訪問において、
・日ソ共同宣言
3 ×
1965年に日本は、大韓民国との間で日韓基本条約を締結した。また、朝鮮民主主義人民共和国との間の国交は、2002年の小泉純一郎首相の平壌訪問によって
・令和8年(2026年)時点に至るまで、日本と北朝鮮との国交は持っていない(北朝鮮は、日本が国連加盟国の中で、唯一国家承認していない国)
・ 日本 北朝鮮 国交 google検索
4 ×
1971年に日本は、アメリカとの間で沖縄返還協定を結び、翌1972年には沖縄の復帰を実現した。但し、
・日米安全保障条約
5 〇
1972年に日本は、田中角栄首相が中華人民共和国を訪問した際に、日中共同声明によって、中華人民共和国との国交を正常化した。その後、1978年に日中平和友好条約を締結した。
■ メモ
・1905年 ポーツマス条約 日露戦争の終わりに、日本とロシアが結んだ条約
・1941年 日ソ不可侵条約 第二次世界大戦中に、日本とソ連が結んだ条約
・1951年 日米和平条約(サンフランシスコ講和条約)署名(1952年発効)
・1956年 日ソ共同宣言 署名(同年発効)
・1965年 日韓基本条約 署名(同年発効)
・1971年 沖縄返還協定 調印 (1972年発効)
・1972年 田中角栄首相が日中共同声明で中国との国交を正常化
・1978年 日中友好和平条約 署名(同年発効)
・2018年 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)発行