次の文章は、公教育をめぐる2つの対立する考え方に関する最高裁判所判決の一節(一部を省略)である。空欄〔 ア 〕~〔 エ 〕に当てはまる語句を、枠内の選択肢(1~20)から選びなさい。
一の見解は、子どもの教育は、親を含む国民全体の共通関心事であり、公教育制度は、このような国民の期待と要求に応じて形成、実施されるものであって、そこにおいて支配し、実現されるべきものは国民全体の教育思想であるが、この国民全体の教育意思は、憲法の採用する議会民主主義の下においては、国民全体の意思の決定の唯一のルートである国会の法律制定を通じて具体化されるべきものであるから、法律は、当然に、公教育における〔 ア 〕についても包括的にこれを定めることができ、また、教育行政機関も、法律の授権に基づく限り、広くこれらの事項について決定権限を有する、と主張する。これに対し、他の見解は、子どもの教育は、憲法二六条の保障する子どもの教育を受ける権利に対する責務として行われるべきもので、このような責務をになう者は、親を中心とする国民全体であり、公教育としての子どもの教育は、いわば親の教育義務の共同化ともいうべき性格をもつのであって、それ故にまた、教基法* 一〇条一項も、教育は、国民全体の信託の下に、これに対して直接に責任を負うように行わなければならないとしている、したがって、権力主体としての国の子どもの教育に対するかかわり合いは、右のような国民の教育義務の遂行を側面から助成するための〔 イ 〕に限られ、子どもの〔 ア 〕については、国は原則として介入権能をもたず、教育は、その実施にあたる教師が、その〔 ウ 〕としての立場から、国民全体に対して教育的、文化的責任を負うような形で、・・・決定、遂行すべきものであり、このことはまた、憲法二三条における学問の自由の保障が、学問研究の自由ばかりでなく、〔 エ 〕をも含み、〔 エ 〕は、教育の本質上、高等教育のみならず、普通教育におけるそれにも及ぶと解すべきことによっても裏付けられる、と主張するのである。(最大判昭和51年5月21日刑集30巻5号615頁)
(注)* 教育基本法
1 初等教育 2 教科書検定 3 諸条件の整備 4 教授の自由 5 教育公務員 6 第三者 7 教科用図書 8 学習指導要領 9 教育専門家 10 教育の内容及び方法 11 研究者 12 管理者 13 中等教育 14 学習権 15 懲戒権 16 私立学校の自治 17 大学の自治 18 公の支配 19 職務命令 20 指揮監督
〔 ア 〕
〔 ウ 〕
〔 エ 〕
正解
ア 10 イ 3 ウ 9 エ 4
解説
〔 ア 〕10 教育の内容及び方法
〔 イ 〕 3 諸条件の整備
〔 ウ 〕 9 教育専門家
〔 エ 〕 4 教授の自由
一の見解は、子どもの教育は、親を含む国民全体の共通関心事であり、公教育制度は、このような国民の期待と要求に応じて形成、実施されるものであって、そこにおいて支配し、実現されるべきものは国民全体の教育思想であるが、この国民全体の教育意思は、憲法の採用する議会民主主義の下においては、国民全体の意思の決定の唯一のルートである国会の法律制定を通じて具体化されるべきものであるから、法律は、当然に、公教育における〔 教育の内容及び方法 〕についても包括的にこれを定めることができ、また、教育行政機関も、法律の授権に基づく限り、広くこれらの事項について決定権限を有する、と主張する。これに対し、他の見解は、子どもの教育は、憲法二六条の保障する子どもの教育を受ける権利に対する責務として行われるべきもので、このような責務をになう者は、親を中心とする国民全体であり、公教育としての子どもの教育は、いわば親の教育義務の共同化ともいうべき性格をもつのであって、それ故にまた、教基法* 一〇条一項も、教育は、国民全体の信託の下に、これに対して直接に責任を負うように行わなければならないとしている、したがって、権力主体としての国の子どもの教育に対するかかわり合いは、右のような国民の教育義務の遂行を側面から助成するための〔 諸条件の整備 〕に限られ、子どもの〔 教育の内容及び方法 〕については、国は原則として介入権能をもたず、教育は、その実施にあたる教師が、その〔 教育専門家 〕としての立場から、国民全体に対して教育的、文化的責任を負うような形で、・・・決定、遂行すべきものであり、このことはまた、憲法二三条における学問の自由の保障が、学問研究の自由ばかりでなく、〔 教授の自由 〕をも含み、〔 教授の自由 〕は、教育の本質上、高等教育のみならず、普通教育におけるそれにも及ぶと解すべきことによっても裏付けられる、と主張するのである。